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418. 九州ランドスケープリーグのはなし3

【ひとりだち】

2005年の春に、九州の4つの大学の景観の研究室の教員が話しあって、秋に学生のためのデザイン合宿を行うことにしました。福岡大学には柴田久先生もやってきて、大学のスタッフはますます充実。国土交通省の唐津港湾事務所が港湾計画の見直しをすることとか、九州の景観デザインの人材を育てることとか、仕事そのものを作っていくこととか、国と大学と民間のコンサルタントの連携を強めて地域全体の技術水準を上げるとか、いろいろなことが背景です。

今回の仕切りは唐津に関わっている九州大学。九州デザインシャレットの始まりです。KL2の名前を意識しつつ、学生の実行委員会が集まり立ち上がりました。

全国から集まった学生と院生、九州の建設コンサルタンツの職員が交じって唐津に1週間泊まって、嬉しいことや辛いことが色々ありました。みんなそれぞれに頑張りました。実行組織が基本的に全部学生だったことが、素晴らしかったですね。背景の社会組織との関係確保や位置づけ、金銭調達は大人がやったけれど、実行は学生。

なんでも自由にやっていいよってのは実は通常たいそう不自由で、社会から与えられた制約条件の明確な場でこそ、工夫や創造性が生まれる。努力のし甲斐がある。そういうものです。その意味で、九州デザインシャレットの運営を体験した学生はとても良い経験と実行力を身に付けたと思います。成功。良かった。

で、その学生のみなさんは、KL2なのか。KL2としてやったのか。学生一人一人の気持ちはどうなのか。そこが、終わった後で問われることになりました。いや、やっている最中から問われていたのでしょうが。本当の危機は、KL2の名前を背負って運営に参加した一人一人の気持ちの中にあったはずです。

大人の大学の先生の見解は様々だと思いますが、学生にとっても一人一人の気持ちは様々でしょう。でも実行主体がKL2という関係体だったかどうかは、僕にとってはなんだかどうでも良いような気がしています。学生そのひとにとってそれがKL2の活動と呼べるものなのかどうかは、学生そのひとが考えればよい。

一般的には、大人から見ると、身近に組織立った学生集団が統率がとれて動ける状態で存在していることは、実は大層使い勝手が良いものです。ひと昔前の広告代理店と学生の広告研究会サークルとの関係みたいなもんか(いまもそうなのか?)。だからKL2がきちんと組織化されて、独立した活動体になることを望む人もいるでしょうし、人を育てると言う視点においても、そういう組織体で培われた経験や技量は、一生の宝になると大人は思うでしょう。僕も一面ではそう理解できます。

だけどなあ。
九州デザインシャレットは大きな仕事だけど、それがどんな凄い活動だろうと、KL2やってると自分で思ってる学生一人一人にとっては、それは one of them であって欲しいですね。ひろいバックグラウンドを、他の学生たちと時に交わり時に離れながら、自分で独自に作り上げてね、というのが、九州ランドスケープリーグという名前を考えた人間=僕の5年前からの本音です。

・・・でもこれもあまりに押しつけがましいので、今日を最後に僕の心の中にしまい込むことにしましょう。そのためにこのブログを3回連続で書きました。それもこれもなにもかも、今の学生一人一人が考えることです。KL2は、5年前の僕の気持ちや創世期の先輩の取り組みから、独り立ちしてよい頃合いに違いありません。

あと5年経って、その時にもKL2だぞ〜って頑張ってる学生たちがいたら、これはもう表彰もんです。(笑)
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by sadepon | 2006-05-24 00:21
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